おお姉よ!

小学三年生の「みわわ」こと佐藤美和と妹を熱愛する姉、強子の物語。妹の美和が天才にして超変人である姉の重度のシスコンに悩まされる、という顛末を、ドタバタ・コメディータッチで書いた。

「そんなに! 実は今も三十九度九分の高熱があって、事情を聞いたら朝から熱があったって言うの。みんなに移すと悪いから、帰ってもらって欲しいと強子ちゃんに頼んだら、皆勤賞が懸かってるから帰らないって言うのよ」

「姉の言いそうなことですね」

 苦笑するしかない。

「遅刻した理由は、お姉さんが熱を出したからなのね?」

 確認するように私の担任が言う。

「端的に言うと、そうです」

「親御さんに電話したら迎えにいらっしゃると仰ってたんだけど、強子ちゃんをこのまま帰して、いいかな?」

「はい。私一人で大丈夫です」

 即答。

「みわわひどい~。私を見捨てるのね~」

 先生の前だから強子姉は控えているが、きっと二人きりだったら、もふもふした挙句に、駄々を捏ねていた。

「違うってば」

「あはは、強子ちゃんは、妹さんがきっと大好きなのね。親御さん、お父さんのほうかな? あと十分で来るそうよ」

 先生は穏やかだ。

「美和も帰るんですか?」

 顔を輝かせて強子姉が言う。

「残念だけど、美和ちゃんは病気じゃないから、帰れないのよ」

 私の担任が言った。

「そんな! もし下校中に何かあったら、責任を取ってくれるんですか? 美和はまだ小学三年生なんですよ? 小さい子が襲われたら、どう責任を取ってくれるんですか」

 大げさな。と私が思ったとき

「心配しなくていいですよ。集団下校しますから」

 私の担任が言った。

「美和ちゃんの心配は、しなくていいですよ」

 強子姉の担任が答えた。

「じゃあ私、保健室の先生に言いに行きますから、強子ちゃんは帰る支度しててくださいね」

「わかりました」

 強子姉は明らかに元気をなくしたのかふくれっ面だ。

「じゃ、美和ちゃんは教室に戻りましょうね」

「お姉ちゃん、安静にしててね」

「みわわ~」

 学校でなかったら抱きついて「みわわ~看護して~水飲みた~い、本読んで~」とか言ってたに違いない。

 学校もいい判断をしてくれたものだ。

 教室に戻ると私は窓の外を見た。

 数分が経ってから車が校門に停まった。

 父の車だった。

 黒色の車。特徴なし。

 あれがベンツやクラウンだったらいいのに、と思う。

 強子姉が校医と出てきて車に乗せられていた。

 強子姉がふと、こちらを向いた。目が合った。

 なにか口をパクパクさせていたけど、なんて言っていたのだろう。

 さて、下校時間になった。

 私たちは、近所の珠理ちゃんと遥ちゃんと一緒の班の北区一で、集団下校することになった。

「あれ? みわわのお姉さんは?」

「早退したよ」

「え? 強子さんが!?

 珠理ちゃんも遥ちゃんもありえない、という顔をする。

「あんな風邪ひかなそうな人が?」

 バカは風邪ひかない、ってところか。

 遥ちゃんがしまった、と口元を抑えた。

「違うの。そういう意味じゃないの。強子お姉さんは、元気で、優しくて、頭もいいし、なんといっても超可愛いじゃない。そんな強子さんが風邪ひくなんて大変だなって」

 言いたい意図は、わかった。

 幼なじみの親友だもの、強子姉がタフなのは周知だ。

 遥ちゃんちで別れてから一人になる。

「ただいまー。強子姉、いるー?」

「いるいるー!」

 上からドタドタ階段を降りてくる音がした。

「ちょっと強子姉、起きてきて大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。お父さんから解熱剤を飲ませてもらったから」

 嬉しそうにフラダンスを踊っている。

「みわわ~、お姉ちゃん寂しかったのよ~、わ~か~る~?」

 またいつもの調子で訊いてくる。

「そのフラダンスやめて。もふもふさせてやらないぞ」

「いや~ん。も~ど~る~。みわわったら冷た~い」

 私は二階に上がった。

「強子姉、部屋入るよ」

 嬉しそうな強子姉の返事のあとに入ると、部屋の真ん中でフラダンスを続けていた。

「強子姉! 熱測った?」

「まだ」

「とにかくベッドの中入って!」

「ひどいわ~。私、みわわが心配で帰るところ窓からずっと見てたのよ~」

 ストーカーかよ。

 フラダンスをしながらまだ喋る。

「ちょっと強子姉、いい加減ベッドに入って! 本気で怒るよ!」

「みわわがいじめる~」

「いじめてない!」

 強子姉はベッドに入った。

「はい! 熱測る」

「はーい」

 強子姉に体温計を渡す。

 にっこりと笑顔で言った。親指を立ててグッ、としている。

「はいはい。じゃあ、私の番ね」

「いってらっしゃーい」

 強子姉は投げキッスをすると風呂の入口のすぐ脇にある雑巾とバケツを出した。

「先に掃除してくれるの?」

 私が意外、というと

「準備だけ。みわわと一緒に掃除する~」

「それは解ったけど、ちょっと、強子姉、なんで薪くべてくれないの?」

「もう風、安定してるから」

 え? 火熾す気なし?

 投げキッスは嘆キッスだな。

 くだらないことを考えて、私も珠理ちゃんに洋服を借りてお風呂を浴びた。

 強子姉の言うとおり、火は熱くもぬるくもなく、ちょうどいい湯加減だった。

 姉の頭の良さには痛感させられた。

 私が洋服を着て上がる。

「珠理ちゃん、お風呂を貸してくれてありがとう」

 私の長い髪からまだ水滴が垂れている。体も暑い。

「ごめんね、みわわ」

 泣きそうな顔で珠理ちゃんが言う。

「どうしたの、珠理ちゃん」

 いつも明るい珠理ちゃんが、目をうるうるさせている! これは、ただごとではない!

「強子さんに貸した洋服、ちっさかったみたい」

 珠理ちゃんが、がっかりしている。

 窓から見える空より暗い表情だ。

 確実に洋服は強子姉には小さい。腕が五分丈になっているし、へそは出ているし、スカートも『サザエさん』のワカメちゃん状態に。

「珠理ちゃんががっかりすることないよ。強子姉はほら、三つも年上だから、体がでかいんだよ。合わなくて当たり前だよ」

「そうかな……」

 元気がない。しょんぼりしている。

「珠理ちゃん、私、平気だよ~」

 強子姉はおおらかな話しぶりだ。

 安心したのか、

「ありがとう、みわわ、強子さん」

「もう、落ち込むことないよ」

「だって、強子さん、うちんちのトイレのせいで汚くなったんだもの。気になるよ。強子さんは私の憧れだし」

 憧れ? いやいや、強子姉を憧れにしたらダメだって。

 言いたい! 強子姉は本当は変態だということを!

 だが一ミリも信じてもらえない。

 外面良すぎだからな、強子姉は。

 珠理ちゃんが元気になってから遊びの続きを始める。

「珠理ちゃんと遥ちゃんはそのまま遊んでて。よし、私は今から掃除してきマッシュ! ほら、みわわも行こう~」

 こういうところで気配りできるところが、強子姉のいいところだ。

「わかってるよ、今からやるんだね」

 それから私と強子姉はトイレからお風呂と、汚くなったところを力を入れて磨いた。

 汗がダラダラ出てきて、せっかくお風呂に入ったのに、また入らなければならない状況に陥った。自業自得なだけに、情けない。

 珠理ちゃんの部屋の時計を見たら、四時五十分を指していた。

「もう帰らないと。遅くなる」

 門限は一応、五時と決まっている。

 空はまだ明るく、どこまでも緑が続いているのが見える。

 川田の中を移動するとき、車で畦道を通るときは大人たちは気をつけている。

 自転車でも、車が来たら一旦停止して、車と接触しないように気をつける。

 対抗から車が来たときなど悲劇だ。よっぽど運転技術に自信がないと、道幅が狭いため、落ちてしまう。

 強子姉は外では変態みたいなことはしないから安心して見ていられるけど、家の中だったら絶対に抱きつくな。

「そうだよね。川田は街灯ないから、日が暮れたら暗いもんね」

 暗いから危ない、という理由は変質者が夜に出るからではなく、田畑に滑って落ちて危ないから、が正しい。

「じゃあ、今日はこの辺で。また遊ぼうね」

 珠理ちゃんが軒先で別れを告げる。

 まだ外は明るかった。

「明日、学校で洋服返すね」

 強子姉がすかさずいう。

 遥ちゃんも、私も強子姉も一緒に

「ばいばーい」

 家に帰る途中、強子姉が

「今日は、助けてくれてありがとう」

 後ろからぎゅっと私を抱き締めて、呟いた。

 火曜日。

 私は姉と歩きながら登校した。

「強子姉、熱四十度もあるのに学校行くの?」

「うん。私には皆勤賞が懸かってるのよ」

 顔色が悪い。顔は熱のせいか熱く、頬も赤く染まっている。りんご病ほどではないけれど。

「無理だって。途中でバテるよ」

 強子姉の顔は真面目だ。普段の余裕のある強子姉の顔とは明らかに違った。

 誰が見てもわかる。

「お姉ちゃんが倒れたら、みわわが背負っていって~」

 体は相当きついはずなのに、口ではふざけているから拍手を送りたい。

「いや、無理だから」

 素っ気なく言うと

「いいや、みわわ力持ちだから、背負えるは~ず~な~の~」

 思いっきり甘えてくる強子姉に、二の句がつげない。

 結局、強子姉は上半身だけ私に身を預け、歩くようにした。

「あー、豚、気持ちいぃ~」

 妹をぶたぶたと呼ぶな。自転車から下ろすぞ。

 肩の上で、姉はどんな表情をしているのだろうか。

 やっと学校に着いた。家から一時間半。

 いつもは一時間で着くのに、強子姉が風邪を引くから、三十分も余計に掛かってしまった。

 下駄箱で強子姉と別れてから教室に行くと、

「佐藤さん、遅刻ね」

 当然、遅刻扱いされた。

 私が言い訳しようとすると、校内放送が入って、

「三年一組の阿川先生、佐藤美和さん、今すぐ職員室に来てください」

 呼び出しをくらった。

「佐藤さん、行きますよ」

 私は頷くと、すぐに先生と職員室に行った。

 職員室は職員室棟にある。

 一階に職員室、保健室、給食室、二階に科学教室、視聴覚室、美術室、三階に音楽室、図書室がある。

 私は一番端の渡り廊下から職員室へ向かった。

 職員室に入ると、すぐに強子姉がいることに気がついた。

「妹さん、いらっしゃったわよ」

 強子姉のクラス担任と思う先生が手招きした。

 にこにこしている。営業スマイルであることは子供の私でもわかる。

 私は強子姉の近くまで歩いて行った。

「どうかしたんですか?」

「美和ちゃんね。強子ちゃん、朝から熱あったの?」

「はい。朝おきて姉が頭が痛いというので熱を計ったら、四十度あったんです」

「みわわったら、強子さんと何してるの? というか、臭すぎ。いったい何があったの?」

「二人とも、誤解しないでね。私は強子姉が汲み取り便所に嵌ったのを助けただけで」

 必死に言い訳をした。

 絶対に強子姉との仲を疑われたくない。

 私まで変態扱いだ。まあ、強子姉が変態なのは私のみぞ知る、だけど。

 私の今後の運命を決める言い訳を信じてくれたのか、二人は

「大変! 強子さんシャワー浴びてって。洋服も貸すよ」

「ありがとう珠理ちゃ~ん」

 今にも抱きつきそうな勢いだ。だが、強子姉はハッと自分の姿を見て、すぐにやめた。

 外では変態みたいなことはしないから安心して見ていられるけど、家の中だったら絶対に抱きつくな。

 強子姉は、自分が臭くなっている状態を忘れているのだろうか。

 珠理ちゃんはどこから洋服を二人分、出してきてくれた。

 私たちは、トイレ内で待機。

 動くと廊下や階段が汚物だらけになるから。

「これでいいかな?」

 差し出したされたのは、ピンクと白のTシャツと黒と青のジャージだった。

「充分だよ、ありがとう」

 強子姉もお礼を言う。強子姉は珠理ちゃんが持ってきてくれた着替えの中から迷いなくピンクと黒のジャージを選んだ。

 珠理ちゃんと一緒に、私と強子姉はお風呂に案内してもらう。

 廊下が汚物だらけになる。

「ごめん珠理ちゃん、あとで廊下私たちが責任もって綺麗にするから」

「わかった。それじゃあ、ここがお風呂場だよ。自由に使って」

 階段を降りた裏に、お風呂場はあった。

 強子姉がお風呂のドアを開けると五右衛門風呂が目に入ってきた。

 私は薪をくべに外へ出た。臭さに、やる気が萎えた。

 汚物だらけだからかハエが寄ってくる。ええい、鬱陶しい。強子姉並だ。

 私は汚物だらけのまま、お風呂の前まで行った。

「みわわ~、お姉ちゃんのほうが臭いから先に入っていい?」

 強子姉は歩く肥溜めと化していた。

 いくら責任もって片付けると言っても、この汚物の臭いはなかなか取れてくれないか。

 鼻が曲がるという諺があるが、鼻が曲がるどころか、鼻が捥げる。

 私は強子姉に頷くと、お風呂のドアを閉めた。

「みわわー、ドアの外にいるー?」

「いるから、早く上がって」

 息を送りながら火を熾す。なんて面倒くさい。

 火は赤々と燃えている。

 まったく、誰のせいで臭くなったのよと文句の一つも言ってやりたいが、事故だからしょうがないよね、としか言えない。

 許すしかない。強子姉に悪気がないから。

「みわわ、今、風呂浴び終わったよ。今、体を拭いてるところ」

「実況中継は要らん。早くして」

 強子姉の声がよく響く。なんの虫か知らないけど、もう鳴いていた。

「みわわったら、せっかちなんだからん」

「だから、いっつも言ってるでしょ、キモいって」

「ひどいーん」

 他愛もない会話をしていると、強子姉がドアを開ける音がした。

 お風呂のドアの前へ行くと、

「くっさ……。風呂に入る前に比べたら上等か」

「強子姉、少しは臭くなくなったね」

「ゴシゴシ磨いた」

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