おお姉よ!

小学三年生の「みわわ」こと佐藤美和と妹を熱愛する姉、強子の物語。妹の美和が天才にして超変人である姉の重度のシスコンに悩まされる、という顛末を、ドタバタ・コメディータッチで書いた。

「ちょっと強子姉! よその家なんだから、失礼なことしない!」

「顔パスよ、か・お・ぱ・す」

 妙に色気を出していう。

 男ならイチコロだが、女の、しかも妹の私は騙されない。もちろん珠理ちゃんも。

「あ、遥ちゃんがいる! 珠理ちゃん、遥ちゃんも呼んでたのね?」

「そうそう。言ってませんでしたっけ?」

 声は上から聞こえてくる。

 強子姉と珠理ちゃんは、顔も見えないのに二階と一階で話をしている。

「聞いてないわ~。みわわ、私に黙ってたの~?」

「別に黙ってたわけじゃないの。重要な話じゃないから、言わなかっただけ」

「みわわの意地悪~」

 なぜ、そうなる? ツッコミどころ満載だ。

 私も上がらせてもらう。

「遥ちゃん、やほー」

「やほー、みわわ!」

 遥ちゃんが学校式の挨拶をした。

「やほー、みわわ!」

「ちょっと強子姉、遥ちゃんの真似しないで」

「嬉しいくせに~」

 強子姉が私の腕をつつく。にやにや笑っている。人を玩具にして。

「嬉しくないってば!」

 私は、つつかれた手を引っ込めた。

「みわわのお姉ちゃん、面白いね」

 遥ちゃんが天使の笑顔で言う。

「間違ってるから。面白いんじゃなくて、変態よ」

「変態? 嘘だー」

 珠理ちゃんが笑う。

 私のセリフなど、まるでなんの効果をもたらしていない。

 姉の態度のほうが勝っているのか。

 ちょうど珠理ちゃんが階段を上がってきて、話に加わった。

「みわわ、お姉ちゃん、おトイレ行きたくなったんだけど、珠理ちゃんおトイレ貸してもらってもいい?」

「あ、はい、どうぞ」

「みわわ、トイレ一緒に行かない?」

 まるですぐそこまでいかない? と誘っているかのような自然なセリフに聞こえた。

 が、相手は姉である。

 夜中で暗くて怖くてトイレに行けない、というわけなら、まだわかる。だが、日中にしかも学校ゃないのに一緒に行こう、はないだろう。

「行かない」

 突っ慳貪にいうと

「お姉ちゃんにトイレ一人で行けっていうの~?」

「うん。言う」

「あっさりしすぎ~。もしお姉ちゃんがトイレで死んだら化けて出てやる~」

 恨みがましく言うと強子姉は珠理ちゃんの家のトイレの場所を知っているからすぐに出て行った。

 私と珠理ちゃんと遥ちゃんは三人で遊び出した。

 今日は人形遊びだ。

   10

 三十分が経った。

「ねぇ、みわわ、強子さんトイレから帰るの、遅くない?」

 曇った顔をして、珠理ちゃんが言う。遊んでいた手を止める。

「気張ってんじゃないの?」

 私は人形のユカちゃんに洋服を着せていた。

「そんな冷たい言い方しなくても」

 なるほど、普段の私と強子姉のやりとりを知らなければ、冷たく思われてもしかたない。

「ちょっと見てくる」

 珠理ちゃんちのトイレは、一階の階段裏にある。

「みわわー、助けてー」

 トイレの中から強子姉の声が聞こえる。

 また何かしたのではないだろうな、と嫌な予感がした。

 トイレのドアを開けた。

 理科で習った内容を思い出す。「卵の腐ったような臭い」。いや、それ以上。ドリアンくらいはありそうだ。

 そう、まさにあれだ。否、硫黄の温泉より遥かに臭い。

 嫌な予感は当たった。強子姉の足が汲み取り便所に填まっていた。

 強子姉が細いのはわかるが、どうやったら填まるのか。

 幸い、洋服はちゃんと着ていた。

「あのね、便器で足が滑ってね、ぼっとんと足が嵌ったの。勢いで前にすっ転んで、真っ直ぐに立てないし」

 汲み取り便所またの名を「ぼっとんトイレ」という。強子姉はシャレを言ったのだろうが、残念だが全然、笑えない。

「強子姉、臭い」

「ひどーい、しかたないじゃない~」

 私は鼻を抓んで強子姉を救出に懸かった。

 強子姉の手を引っ張って、体を縦にする。

 両手を私の肩に載せ、片足を出す。それで一気に右足を抜く!

 スポンと抜けた。

 抜けた勢いで私は尻餅をついた。強子姉は私の上に乗る形。

「うわ、強子姉についてた汚物がついた! 汚いじゃん、どうしてくれるの」

「助けてくれて、ありがとー。みわわの体を洗ってあげるから、許して~」

「洗ってもらわなくて、けっこう!」

 ドタドタドタと珠理と遥が階段を降りてくる音がした。

「今の体勢を見られたら、マズイよ」

 私が焦って呟くと強子姉は

「みわわとは、もうできた仲でーす」

 と冗談を言う。

 一緒に寝るとき強子姉は時々面白がって枕を隠す。それでなにをするかって、

「みわわのにおい、いいにおい~」

 変態そのものだ。それだけじゃない。

 明りを消してさあ寝ようと思って頭を下ろすと枕がなくて、顔の上に枕を載せる悪戯をするのだ。

 今日は疲れた。すぐに寝られた。

 強子姉は寝ただろうか。

   9

 今日は学校がお休みなので、珠理と遥と遊ぶ約束をしていた。

「私も忘れないでね~」

 強子姉もついてくる気満々だ。

 まあ、いつもの展開だから、気にしない。

 それから、強子姉が自転車の後ろに乗るのも当たり前になってきた。

 強子姉が運転を拒むのも、いつものこと。

 理由は、私が後ろに乗ったら重くて強子姉が運転しづらいから。

 強子姉の怪力があるから別に問題はないのだけれど強子姉が

「みわわ重い~。豚あ~」

 という超失礼なセリフで強引に私を前にやったことから始まった。

 珠理の家まで自転車で三分。ご近所さんだから仲がいい。

 私たちの住んでいる村は自転車で三分というと「お隣さん」になる。

 強子姉を乗せて走っていると強子姉は楽しそうに体を揺らす。

「もう強子姉、バランス取れないから、おとなしくしてて!」

 私が半ば本気で怒ると

「みわわ怒っちゃいやーん」

 本気で反省してないだろ。じゃないと、体をクネクネさせない。

「強子姉、私にしがみついてて!」

「ほーい」

 おとなしく私の腰に抱きついた強子姉は、体まで預けている。

「しがみつきすぎ! べったりくっつきすぎても、暑いんじゃ!」

「もう、みわわったら、文句が多いんだから~ん」

 もう、困ったちゃんねぇ、とばかりに言う。

 表情は見えないが絶対に反省している顔ではない。

「誰のせいじゃ、誰の!」

「怒らない~。ほら、もう見えた。珠理ちゃんち。速い速~い!」

 私の腰に回した手を興奮したのか外して、話しながら手を広げて喜ぶ。

 幼稚園児か。

 強子姉は子供っぽいところがあるから、とても天才に見えない。

 本気を出すとすごいんだろうけど……。

 木々を抜ける。どの木も、葉っぱがわんさかついていて、日陰になる。桜が葉桜になる季節。涼しくて気持ちがいいが、ちょっと切ない。

 毛虫はまだ発生していないようで、安心できる。だが、小さな虫がブンブン飛び回っていて、自転車を漕いでいると顔に当たる。

 虫が小さすぎて、強子姉なんか

「目に虫が入った~」

 文句を垂れている。

 自転車を珠理の家の車庫に駐めると、叫んだ。

「珠ー理ちゃん!」

 ド田舎なので、インターホンを押すより叫んだほうが早い。

「いらっしゃい、みわわ~、……に強子さん?」

 少し驚いていた。別に強子姉が来るのが珍しいことではないが、やはり妹の親友と遊ぶのは珍しい。

「お邪魔しまーす」

 私は通るように、大きな声で言った。強子姉も同じ。妹の親友の家なのに自分も同じように、違和感を感じさせない。

 靴箱が小さくて玄関が広い。その代わり、玄関に履物がいっぱい。自分以外の靴を踏みそうになる。

 家に上がろうとすると姉が横から手を繋いで一緒に右足を出す。

 珠理ちゃんにはびっくりさせた。強子姉の甘えぶりは日本一だ。

「ちょっと強子姉、なんで私と一緒に家に上がろうとするのよ」

「えー、いいじゃん。みわわの親友は私の親友よ」

 口を尖らせていう。

 可愛らしい仕草に見える。思わず許してしまう。

「その、人のものは俺のもの的な考え、なんとかならない?」

「いつ見ても変わらないねー、珠理ちゃんちも」

 強子姉は家に上がった上に、キョロキョロ回りを見ている。初めて来る家でもないのに。

 いや、だからか、ちゃっかりしている原因は。

「人の話、全然、聞いてないし!」

 珠理は苦笑いだ。

 珠理ちゃんちのご両親は、農作業でいない。

「相変わらずね、みわわのお姉ちゃん」

 表情は怒っているのでも悲しんでいるのでもない。

 珠理ちゃんは強子姉に好印象を持っている。どちらかというと嬉しそうに話している。

「まあね。でも、憎めないのよね。天然だし。強子姉は得だよね」

「確かに、そうだね。強子さんのこと嫌いな人間なんて、この辺じゃいなさそうね」

「珠理ちゃん、みわわ、早く上がっておいで~」

 強子姉はズカズカ、よそのうちの階段を上る。

 目の下に手をやって泣き真似をする。眉をへに曲げて、悲しそうな声を出す。

 宇宙人のくせに。でも、少し強く言い過ぎたかな。

「どうなってもよくないから、今は出て行って」

「わかった~。あとで、もふもふしようね~」

 知るか――と喉まで出かかったセリフを飲み込む。

 強子姉が出て行くと、部屋はしんとなった。

 強子姉は頭がいい。IQが高いのだ。

 学校のIQを調べる試験で好成績が出て、学校から連絡が来たぐらいだ。

 数字は二百五十。超天才なのだ。見えないけど。

 天才に変人は多いと聞くが、きっと本当だ。

 私は強子姉の部屋に行った。部屋は隣だ。

 ノックする。

「誰~?」

 のんきな声が聞こえる。

 私が答えると、すぐにドアが開いた。

「もふもふしに来てくれたのね~」

 ドアを大きく開けて、両手を広げて私に抱きつく。

「ぐえ。強子姉は怪力なんだから、やめてよ」

「もふもふするの~」

 強子姉は私を包んで太った私の体を触って

「プニプニして気持ちいい~」

 もふもふする、と言われても、具体的に何がしたいのかが、意味不明だ。

 強子姉の感覚には、ついていけない。

「もふもふはわかった」

 私はこのまま放っておいたら、いつまで「もふもふ」されるかわからなかったので、別の話題を持ちかけた。

「強子姉、ちょっとわからないところがあるんだけど」

「勉強? それより、遊ぼ~」

「私、強子姉みたいに頭良くないし、勉強しないと、ついていけないの」

「つまんなーい」

 どっちがじゃ! というセリフも飲み込む。

 言ったら、強子姉のことだから、何を考えつくかわからない。

 もし変な遊びとか思いつかれると困るので私は

「勉強しないと。明日テストがあるの」

 勉強を強調した。

「……仕方ないわね。テストが終わったら、また遊ぼうね」

 強子姉の声に元気がない。心底がっかりしたようだ。

 しゅんとなる。怒られたわけでもあるまいし。

「どこがわからないの?」

「えーとねぇ、ここ」

「そこは、……」

 たっぷり一時間も掛かって時計は九時を回った。

「強子姉、ありがと」

「いいえ~。可愛いみわわのためなら、断れないわ~」

「おやすみ~」

 私が手を振って部屋を出ようとすると強子姉に手を引っ張られた。

「おわ! なに?」

「一緒に寝るの~」

 また強子姉がワガママを言い出した。

「じゃあね」

 私は強引に部屋から出ようとした。

「お姉ちゃんがどうなってもいいの~」

 強子姉にがしっと腕を掴まれて逃げられない。

「わかったわかった。一緒に寝るから」

 私が観念して引き下がると強子姉は嬉しそうに

「やっぱり、みわわは優しい子ねぇ。お姉ちゃん大好き」

 強子姉は喜んでいるけど、シングル・ベッドに二人で寝るのは厳しい。過去に何回も経験しているから、わかる。

 いつも強子姉が壁側に寝るのだけど、強子姉の尻圧でベッドから追い出される。

 それからベッドに落ちて目が覚める……のが、いつものパターンだ。

 もっと強子姉と私が小さい頃は、二人で余裕だった。

 いつの間に大きくなったのだろう――。

 物心ついたときから、強子姉は変態だった。いつまで変態なんだろう。いつから変態じゃなくなる?

 三つ子の魂百までもというけど、その通りなのかと思うと、イヤな反面、嬉しくもあった。

 強子姉が私に関心を持つ歳じゃなくなって、冷たくされたら、私はきっと昔のままがよかったと、後悔するだろう。

 甘えるのは、今のうちなのだろうか。

「……わ、…わわ、みわわ!」

 ハッとした。強子姉が心配そうに私を覗き込んでいる。

「大丈夫? 嫌なことでもあった?」

 強子姉とは、ちょっとウザいくらいの関係がいいのだろうか。

「ううん。何でもない。寝ようか」

 私が強子姉の部屋の電気を消すと、

「わーい、抱き枕~」

「ちょっと強子姉、暗がりに紛れて抱きつかないで!」

「いいじゃん別に~。気にしない気にしない」

「暑いんじゃ!」

 姉の声が耳元で聞こえる。息が耳に掛かって、擽ったい。

「暑いなら、布団とっちゃえ!」

「無茶を言わないでよ!」

 遮光カーテンをしているから明かりを消したら真っ暗。視覚以外の感覚で過ごさなければならない。

 布団が強子姉によって剥がされていないかとか、枕がちゃんとあるかどうか、とか。

このページのトップヘ