おお姉よ!

小学三年生の「みわわ」こと佐藤美和と妹を熱愛する姉、強子の物語。妹の美和が天才にして超変人である姉の重度のシスコンに悩まされる、という顛末を、ドタバタ・コメディータッチで書いた。

「なんかねー、お風呂の中で寝ててさ、ビクって目が覚めたの。こう、ビクって。そしたら足が反応してね、ヒビが入って、穴が空いちゃったのよ。いやー、まさか穴が空くとはね。風呂桶って、もろいね~」

 不思議だなあというでもいうように悪びれもなく答える。顔は涼しげだ。

「変なしな作りながら言わないで! どうやって、これからお風呂に入るの?」

「普通に入るのよ」

 強子姉が堂々という。反省していないのは確かだ。

「こう穴があいたところは補強して、ドアは立てかけておけばいいのよ」

 強子姉がビニール・テープを持ってきた。穴をテープで、ペタペタ貼っていく。

「出来上がり」

 褒めて褒めて~と犬が頭を持ってくるような感じで強子姉は私に頭を向けてきた。

 私は頭にチョップして

「ドアを立てかければ確かに問題はないけど、絶対に寒いって」

「春だから、寒くないよ。それより、ひどーい。みわわがお姉ちゃんをいじめる~。反抗期だわ~。大変~」

 全然、大変そうでない。むしろ楽しそうだ。

 本気で言っているわけではないので、尚更。

「寒いわ! 反抗期でもない!」         

 半ば本気でツッコむ。

「小さいことは気にしない」

 強子姉はお気楽にいう。へらへらと笑っている。反省指数ゼロ。

「小さくないわ!」

 母は私たちの口げんか(?)を無視して淡々と事務手続きをしている。つまりは電話だ。

「あらあらまあまあ、風呂桶にも穴が空いちゃったのね。ビニール・テープ貼ってあるけど、お湯は漏れないの?」

 母はゆったりとした口調でいう。顔も怒ってない。怒り指数ゼロ。

「大丈夫だよ。試してみたけど、ばっちり張り付いてる」

 母に向けて強子姉がVサインを作る。得意顔に笑顔。ツッコむ気力も失せてくる。

 母も「それなら安心ね」と笑顔で答える。

「どうやって試したの?」と私が唖然としていうと

「簡単よ。ビニール・テープ貼ったところに、シャワーでお湯を当ててみた」

「そしたら?」

「ビニール・テープより奥には、お湯が入っていってなかった」

「なら、よかった」

 母が安心した顔をする。

 おいおい。姉の言うことを真っ向から信じるな。仮にも宇宙人かもしれないんだぞ。

「みわわ、信じてない?」

 強子姉は得意のうるめで私の顔を覗き込む。

 騙されるかぁ!

「うん」

「そんな、きっぱり! ひどいわ、みわわったら。お姉ちゃん、そんな子に育てた覚えないわ」

 強子姉は体をクネクネさせる。これを学校でされたら、恥ずかしすぎる。

「強子姉から育ててもらった記憶ないわ!」

「ちょっと二人とも、風呂場でじゃれあうのは、やめなさい」

 母がやんわりと間に入ってくる。

「お母さん、違うから」

 私は思わず目尻を抑えた。

 泣いているのではない。呆れているのだ。

 どこを、どうしたらじゃれ合ってるように見えるのだろうか。

 強子姉の性格は絶対に母似だ。間違いない。

 結局、起こされた私はお風呂に入って寝ることにした。

 お風呂は、出入り口にドアを立てかけて、洗面所のドアを閉めて、外から中が見えないようにして入った。

「寒!」

 やっぱり、想像通り寒い!

 裸になって寒いから、風呂桶に入ると温まると思っていたのに。ドアの隙間からスースー風がよく通ること!

 穴に指が入ることはなかったが、ビニール・テープを見ていると、なんとも言えない気持ちになった。切ない儚い脆い。

 風呂から上がって、お風呂のドアをずらそうとしたら、取っ手が外れて足の上に落ちた。

「は?」

 足が痛い、のほうが後だった。

 なんで取っ手が……。

「強子姉……!」

 私はパジャマに着替えて強子姉の部屋に行った。

「何~?」

 のんびりと強子姉が答える。

「強子姉、取っ手も壊したでしょ」

「うん、勝手に取れた」

「早く言えー!」

 私は憤怒で強子姉の肩を掴んで揺さぶった。一度、強子姉の小さい頭を、ばしっと叩きたくなる。

「そんなに怒らなくても~」

「足が痛かったんじゃ~」

「ごめんね、みわわ~。だから、揺さぶるの、や~め~て~」

 強子姉の体がガクガクと揺れる。強子姉は私と違って細いから、そのまま折れそうだ。

「心から反省しろ~」

「もう、しないから~ん。やめて~ん」

 揺さぶられながら、変な声を出す。だから、それがキモイんだって。

「うるさい、変態!」

 私は強子姉の部屋を出て一階に行った。

「お母さん。強子姉が、取っ手も壊してたよ」

「あらあらあらまあまあまあ、大変ね。それも、修理しに来た人に頼みましょう」

 言っているほど大変そうに見えないが。

「お母さん、怒らないの? 強子姉いくつも壊してるんだよ?」

「あの子、力、強いからね。わざとやってるわけじゃないから、怒れないのよ。注意しなさいとかしか言えないでしょう」

 母と話していると、毒気を抜かれる。

「それもそうだね」

 眠気が吹き飛んでしまった。お風呂が寒かったのと、強子姉のせいだ。

 私は二階の自分の部屋に帰った。

 仮眠をとって勉強しようと思っていたので、教科書とノートを広げていると

「みわわ、勉強してるの? えらーい」

 相変わらずキモイ声で、強子姉が私の部屋に勝手に入ってきた。

 部屋に鍵がないのが、この家の欠点の一つだ。

「私の部屋のドア、壊さないでよ」

 私が思いっきり睨むと

「失礼な~。私の可愛い可愛い妹の部屋のドアを壊す姉が、どこにいるの~?」

 可愛いを強調して言うから嫌味に聞こえるが、強子姉は私を本当に可愛いと思い込んでいる節がある。

「目の前」

「誰のことかしら~」

 肩を竦めて、さあ~と知らんぷりをする。白々しい。

「とにかく、私は勉強するんだから、出て行って」

 強い口調でいうと

「怒っちゃいやーん」

 体をクネクネさせながら言う。

「勉強の邪魔するなら本気で怒るよ」

 本気モードで私が言ったら

「みわわ怖ーい。お姉ちゃん、逃げちゃう~」

 強子姉には珍しくちょっと悲しげだ。

「はいはい。どこへでも行って」

「ひどーい。お姉ちゃんがどうなってもいいの~?」

 また変な代物ではないだろうな。

 今まで生きてきてまともなプレゼントを貰ったのは、私が幼稚園に通っている時に肺炎になって入院したときにくれた手紙だけだ。

「開けてみて」

 包装紙を綺麗に剥がして、箱を出す。箱はダンボールでできていて、「こわれもの」と書いてあった。可愛いひよこの柄がプリントしてあった。

「時計?」

「誕生日プレゼント。今日、みわわの誕生日でしょ。この時計とっとけい」

「あ……」

 姉のくだらないギャグにかまけて忘れていた。

「ありがとう」

 姉は嬉しそうに、にんまりと笑った。

 この笑顔は罪だなあ、と思う。この笑顔で迫られたら男はイチコロだな。

 男でなくてよかった。

「どういたしまして」

 チャイムが鳴る。

「じゃあ、みわわ、またね~」

「もう来なくていいよ~」

 私がニコリとして手を振ると、強子姉は私の耳元で「いやん」と囁いて去っていった。慌てて他の見物人も去る。

 変態がはみ出てる。変態がはみ出てる。

 あとから考えると、時計は時計でも置時計なんだから、……要らないのですけど。

 でも、せっかく強子姉がくれたものだから、綺麗に包装紙でまた包み、カバンの中にそっと入れた。

   8

「眠い……」

 私は家に帰るなり、ソッコーでベッドに入った。

 親が奮発して買ってくれた柔らかいウォーター・ベッド。

 気持ちがいい。眠気を誘ってくる。

 昨日の騒ぎで学校にいる間、帰り道、今、かなり眠い。

 感覚でわかる。あーもう寝そうだな……。

 バキ!

 今度は何? 何の音? 眠いのに……。

 重い身を起こし、部屋のドアを開ける。

(二字下がりに)私の部屋は強子姉の部屋と違って壁はピンク色じゃない。白だ。ついでに、もっと言わせてもらう。私の部屋は強子姉の部屋みたいにぬいぐるみだらけじゃない。

 強子姉はお風呂のドアをごそっと取ってしまっていた。

 私は驚愕した。なんてバカ力。

「……勘弁してよ……」

「みわわ~」

 姉は泣き出しそうな表情で私を見ていた。

 いや、私に助けを求められても。

「お母さん、強子姉がお風呂のドア壊したー」

「なんだって?」

 そりゃ、驚くだろうさ。

 どんだけ力を持ってんだよ。

「あらあら、どうしましょう。会社に電話しなきゃね」

 怒れよ!

 思わずツッコミそうになった。

 我が母よ、そんなに甘やかして、姉は暴走しないのか?

 お風呂のお湯が流れていく音がする。

 排水口がまるで、おじいさんが痰を出すときのような、カーっていう音がした。

 すごい吸い込み方だった。

「強子姉ったら、風呂桶まで壊してる!」

 風呂桶の腺があるほうの真ん中辺り、小さいボールくらいの穴が空いていた。

「あら、バレちゃった。てへ」

「てへ、じゃねぇ! どうしてこう強子姉は力、強いの。普通、風呂桶は、簡単に割れないよ?」

「みわわのお姉ちゃん、ますます可愛くなったよね」

 珠理が当然のように言う。

「突然、何?」

 私はなにかあるのかと構えてしまった。

「でしょ~。みわわったら、私の魅力に気づかないのよ~」

 確かに下足箱のところで別れたはずなのに、強子姉が私の隣に立っている。

 クラスメイトも、もちろん興味津々でこちらを見ている。

 まあ、強子姉のクラスはちょうど私のクラスの上なので、階段を登らなければすぐに入って来られる。

 一学年の生徒が一桁だから、教室は広い。約七メートル×六メートルくらいはある。

 なぜ知ってるかって? 先生がこの間、測っていたから。

「もう強子姉、勝手に教室に入ってこないでよ」         

「いいじゃん別に。誰も困ってないし」

 強子姉は教室でもベタベタひっついてくる。

 珠理はこの光景に慣れているから気にしてない。

「私と強子姉のファンが困ってるの!」

 隠しカメラで写真を撮られてそう……。

 強子姉は全校新聞で素行が載る。

 ファンの中にもルールがあって、強子姉の妹・私に近づいて強子姉の情報を聞く行為はタブーとなっている。

「怒った顔も可愛い~」

 強子姉が笑いながら私のほっぺをつつく。

「みわわのほっぺ、やわらか~い。気持ちいーい。なんで、みわわは、こんなにぷにぷにしてるの? 抱き枕みたい」

「悪かったわね、太ってて」

 私が半眼で睨むと「きゃあ、怖い」と言いつつ、顔は楽しそうに笑っている。

「皮肉言ったわけじゃないのよ~」

 強子姉は他人目を引くので、いろんな学年の生徒が教室の周りにいた。

 いつものことだから、誰も気にしない。

 そういっても全校三十六人。私と強子姉と珠理を覗いたら三十三人。

 そのうち、強子姉ファンは、ざっと数えたら二十五人

 学校の生徒の半分以上が強子姉に興味を持っている状況になる。

 ……我が校のアイドルだな。

 ミス川田小学校・佐藤強子。

 女子も混ざっているところを見ると、女子の憧れでもあるようだ。

「で、なんて言った? さっき」

「みわわのお姉ちゃん可愛くなったねって言ったんだよ」

 可愛くなる……。昨日のUFOに行ったから?

 そこでメンテナンス……。

 自分でメンテナンスなんて言葉が出てきて、驚いた。

 想像は広がる。

 強子姉はお母さんまで洗脳してUFOが来た事実をうやむやにして、機械のようにメンテナンスをしたことを隠そうとしている……。

 ふと冷静になると、バカみたいな話だ。

 今は二十一世紀だぞ!?

 そんなバカバカしい話があるか?

「みわわ、なにか悩みでもあるの?」

 私を悩ませている当本人が涼しい顔で言う。

 きっと強子姉の存在が私を悩ませているとは、思っていないだろう。

「別に何も」私はつっけんどんに言った。

「だったら、そんな怖い顔しない」

 私の反応が強子姉のリアクションに反映されるので、私たちのやり取りを見ている生徒は多い。

 強子姉はなぜ自分が見られているのか気にしないから、不思議だ。

 いわゆる天然てやつ。

「ほら、これあげるから、元気を出して」

 私の席の机の上に強子姉が箱を載せた。

「なにこれ?」

このページのトップヘ