15
ファンファンファンファン――
変な音で目が覚めた。
眩い光に思わず目を細める。
UFO!?
今度こそ、正体を暴いてやる!
私は息巻いてベッドから立ち上がろうとした。
が。光はすぐにパッ、パッ、パッと点滅して距離を伸ばしていった。
光は学校の裏山まで消えていった。
「あっそうだ、強子姉!」
私は隣の部屋に行った。
「強子姉がいない!」
まだ病気完全回復してないのに。
「裏山にいるかも!」
私はパジャマのまま、素足でサンダルを履き、家を飛び出した。
服を気にしている時間などない!
裏山まで百メートル。それから山登り。
百メートル真っ直ぐ進んで右に曲がる。ここで山の下のほうで、光っているところはもっと登頂のほうだ。
五十分くらいで頂きまで行ける小さな山だ。
私は、ずんずん進んだ。
滑りそうになったり、転びそうになったりした。山だから気をつけた。強子姉の宇宙人疑惑を晴らす前に自分が死んだら、元も子もない。
あと半分。
私は光を目指して一生懸命に登った。
登った登った、その先に。
「え?」
そこにあったのは、ダンボール。
その中に、大量のランプ。
「光の正体はこれ……?」
草の音を掻き分けて出てきたのは、
「強子姉……。やっぱり強子姉が宇宙人だったの?」
「みわわ、騙されてる~。宇宙人がいると思わせるように私が細工したのよ~」
「え……」
私は言葉をなくした。
「本当のことを話すね」
ゴクリと息を呑む。
「宇宙人は、いない」
「いない……? 私を騙してたってこと? そういや、さっき強子姉が騙されてるって、はっきり言ったよね?」
「そう。私がダンボールの中にラジコンを入れて、みわわの部屋まで飛ばして、電気を点けたり消したりした。つまり、ニセの宇宙船。先回りして裏山へ行った。予想通り、みわわは来た」
「そんな……」
そんなカラクリ。
「なんで、そんなことしたの?」
私は絶望感に襲われた。
「それはね、私がシスコンだったからなのよ」
「だから何?」
「シスコンを直せって、お父さんにもお母さんにも、先生にも友達にも言われてねぇ。学校でも、みわわの友達に混ざるでしょ~。家でもお父さんやお母さんより、みわわ優先にしてたし~。それがまずくて、みわわに私は宇宙人だと思わせて嫌われようと思ったの」
「そうだったの……。シスコンってこと、自覚してないと思ってた」
「でも、やっぱりできなかった。せめて変な人と思われて関心を持たれるほうが好かれるよりマシだ、と判断したの。好かれたらまたべったりしてしまうから」
「そんなことで思い悩んでたの?」
もはや苦笑するしかない。
「シスコンのお姉ちゃんがいても困らないよ」
「本当?」
強子姉が顔を輝かせる。
「うん。ちょっと困る時もあるけど、たまになら、ベタベタしてもいいんじゃない?」
強子姉の涙が地面に落ちる。
「泣かなくてもいいじゃん」
「だって嬉しすぎて」
「強子姉は、いっつもいっつも一緒にいてくれたじゃない」
「夜遅いし、もう帰ろうか」
私が切り出すと
「そうだね。悪いけどみわわ、荷物持ってくれな~い? お姉ちゃんの細腕には、とても持ちきれないの~」
「……運んできたんだよね? じゃあ、持って帰れるんじゃない?」
「いいじゃ~ん持って~。私宇宙船に潰される~」
「はいはい。全く、口だけは減らないんだから」
私は謎が解明してほっと胸を撫で下ろした。
叢から何かが飛び出した。
「ほっとしたときにビクってさせないでよ、強子姉」
「みわわ、ちょっと静かにして」
「え、なんで?」
振り返って見たものは。
「クマ!? こんな山に出るの!?」
「いい。クマに遭遇したときは、死んだフリじゃなく、目を見ながら後退するのよ」
「わかった」
私と強子姉は、じりじりと後退した。
強子姉が前に出て私を後ろに庇う。
熊が飛びかかった
「強子姉!」
私の悲痛な喚き声が木霊した。
「私なら大丈夫。早く下がりながら小走りになりなさい」
「強子姉ほっといて逃げるわけにはいかないでしょ!」
「みわわ。よく聞きなさい。ここで二人で熊に襲われて死ぬか、一人が先に山から出て人を助けに呼びに行くか。この山の中じゃケータイの電波も届かない。だったら、みわわが先に山を降りて助けを求めるほうがいいでしょ」
「でも……」
「いいから行きなさい!」
ピシャリと言われたのは生まれて初めてだ。
私は強子姉の気迫に負けて、熊の目を見ながら後じさり、見えなくなったら一気に山を駆け下りた。
急げ、急げ、急げ――。
走れメロスを思い出す。
「あっ」
石にけつまづいて派手にこけた。
靴が吹っ飛んだ。脳震盪を起こしたかのように、頭がふらふらする。
今の私には痛いという感覚すら存在してなかった。
ただ、強子姉を一人にしてしまった自分を恨んで。
なんであんなタイミングで熊が出るのか。
最悪の偶然が重なったとしか思えない。
なんとかケータイが通じないかと走りながら見るけど、ケータイの電波がまったく通じない。
これだから、田舎は。
「ちくしょー」
私は半泣きで涙も洟水も垂らしっぱなしで自宅へ戻る。
「お父さんお母さん、早く救急車と警察呼んで!」
「なによ、みわわ、こんな時間まで起きてたの。早く寝なさい」
「それどころじゃないって!」
私はじれったくって、自宅の電話から警察と救急車を呼んだ。
なんでこんなときに田舎に住んでいるのだろう。
警察は五分以内に駆けつけるが、救急車が来られるのが十分以上は掛かる。
それまで、強子姉が一人で頑張れるとは思わない。
今は一秒でも惜しい。
効かないかもしれないけど催涙スプレーと殺虫剤と鋸を持って再び山へ向かう。
何もないよりましだ。
足がもう限界だか、それでも弱音を吐いてはいられない。
私は山へ入ると、熊と出くわさないように警戒レベルを自分の中のマックスまで高めた。
さっきのところを目指す。
強子姉が自分の二倍はあろうかという熊と戦っているのだ。
強子姉がいた! さっきと位置があまり変わっていない。変わっているのは姉の姿だ。
姉は血まみれになりながら、熊にしがみついていた。
「みわわ……、村の人……、よ、呼んできて……くれた?」
息もするのもきつい状態だ。
肋骨がえぐられて血が流れ出ている。
「もうやめて! 強子姉!」
「私が……私が守るから。強子姉は、私が守る!」
熊が上から、があーっと倒れてきた。
とっさに強子姉は私を庇った。
「強子姉!」
涙で強子姉の顔がぼやける。
「なにやってんの、強子姉。バカじゃないの!? なんで私なんか庇うのよ。強子姉のほうが、世間に貢献できる人間でしょう! 頭もいいし、可愛いし、モデル並みの体型だし。私なんか、ただのブスだよ。世間様から見たら、みんな私より強子姉のほうに生きて欲しいと思ってるよ」
「そんな…こと…ない……よ……」
息も切れ切れだ。
「強子姉、死なないで。私を置いていかないで。もふもふ、いくらしたっていいよ。豚とか肉とか、言ってもいいよ。だから、ね。死なないで。死んじゃだめだってば」
「ごめ……ね……。みわわ、大好き」
それから息する音が聞こえない。
私は催涙スプレーを熊に向けて噴射したあと、強子姉をかついでおりた。
警察が先に到着した。
警察の人が強子姉を見て、ぎょっとする。
「何があったんだい? 早く止血しないと」
「だが、まだ救急車が到着してない」
私も見られ、
「君はどう? 怪我してないの?」
「私は……大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ。擦り傷に切り傷がある。まあ、お姉ちゃんに比べたら軽傷だけど」
辺りは依然、静かだ。
警察のサイレンで、裏山でなにかあったかご近所さんに知られたかもしれない。
野次馬が増えるかも。頭の片端で忘れていた両親にも連絡をした。二人とも私たちにあまり興味がないのか、留守電にメッセージ残すくらいしかできなかった。
数分の遅れで、救急車が到着した。
救急隊員は強子姉を見て、わからない専門用語を出し、布を巻いて一番出血のひどい場所から手当していった。
私は強子姉の付き添いで救急車に乗った。
二台目の救急車も必要かと話し合った結果だ。
私は軽傷もいいところだったから、すぐ強子姉と一緒に近くの病院(遠い)まで搬送される状況になった。
私は救急車の中で、ずっと強子姉の名前を呼んだ。
強子姉は目を覚まさない。
やがて一番近い大学病院の救命救急センターに入り、強子姉はすぐオペ室にストレッチャーで運ばれていった。
私は外科で簡単な処置を受けた。
「お姉ちゃん助かるから、心配しないで」
だが、全ては暗闇に閉ざされた。
手術室から先生が出てきて、
「できる限り精一杯、治療に専念したのですが、残念ながら……」
「嘘よ、嘘! 強子姉が私を置いて死ぬわけないじゃない! まだ十二歳だよ? 未来はたくさんあったのに」
涙が出なくなるまで泣くと、私は死にたくなった。
なんだ。甘えていたのは強子姉じゃなくて、私のほうだったんだ。
私は悲しみを、怒りを、どこにぶつけていいのかわからず、壁に向かって力任せに叩いた。
壁はコンクリートだから、びくともしない。
遅れて両親がやってきた。
「ちょっとみわわ、あなたの手が怪我するわ」
「強子姉の痛みは、もっと凄かったのよ! この腕が折れたって、私はどうってことない!」
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『小学三年生 文集より 佐藤美和
私の姉は、なんでもできる、すごい人です。将来の夢は、姉のような人になることです。
姉は人を笑わかすのがとても上手で、私と違って誰からも好かれるし、私の憧れです。
姉は、いつもにこにこ元気で、滅多に風邪を引きません。姉と比較されるのは嫌だけど、自慢の姉です。』
お姉ちゃん、私お姉ちゃんみたいになれるように勉強もスポーツも、いっぱいする。それから、いっぱい強子姉みたいな、人から愛される人になる。
――強子姉、ありがとう。 私が天国へ行くまで、ちょっと待っててね。
――完――