目の下に手をやって泣き真似をする。眉をへに曲げて、悲しそうな声を出す。

 宇宙人のくせに。でも、少し強く言い過ぎたかな。

「どうなってもよくないから、今は出て行って」

「わかった~。あとで、もふもふしようね~」

 知るか――と喉まで出かかったセリフを飲み込む。

 強子姉が出て行くと、部屋はしんとなった。

 強子姉は頭がいい。IQが高いのだ。

 学校のIQを調べる試験で好成績が出て、学校から連絡が来たぐらいだ。

 数字は二百五十。超天才なのだ。見えないけど。

 天才に変人は多いと聞くが、きっと本当だ。

 私は強子姉の部屋に行った。部屋は隣だ。

 ノックする。

「誰~?」

 のんきな声が聞こえる。

 私が答えると、すぐにドアが開いた。

「もふもふしに来てくれたのね~」

 ドアを大きく開けて、両手を広げて私に抱きつく。

「ぐえ。強子姉は怪力なんだから、やめてよ」

「もふもふするの~」

 強子姉は私を包んで太った私の体を触って

「プニプニして気持ちいい~」

 もふもふする、と言われても、具体的に何がしたいのかが、意味不明だ。

 強子姉の感覚には、ついていけない。

「もふもふはわかった」

 私はこのまま放っておいたら、いつまで「もふもふ」されるかわからなかったので、別の話題を持ちかけた。

「強子姉、ちょっとわからないところがあるんだけど」

「勉強? それより、遊ぼ~」

「私、強子姉みたいに頭良くないし、勉強しないと、ついていけないの」

「つまんなーい」

 どっちがじゃ! というセリフも飲み込む。

 言ったら、強子姉のことだから、何を考えつくかわからない。

 もし変な遊びとか思いつかれると困るので私は

「勉強しないと。明日テストがあるの」

 勉強を強調した。

「……仕方ないわね。テストが終わったら、また遊ぼうね」

 強子姉の声に元気がない。心底がっかりしたようだ。

 しゅんとなる。怒られたわけでもあるまいし。

「どこがわからないの?」

「えーとねぇ、ここ」

「そこは、……」

 たっぷり一時間も掛かって時計は九時を回った。

「強子姉、ありがと」

「いいえ~。可愛いみわわのためなら、断れないわ~」

「おやすみ~」

 私が手を振って部屋を出ようとすると強子姉に手を引っ張られた。

「おわ! なに?」

「一緒に寝るの~」

 また強子姉がワガママを言い出した。

「じゃあね」

 私は強引に部屋から出ようとした。

「お姉ちゃんがどうなってもいいの~」

 強子姉にがしっと腕を掴まれて逃げられない。

「わかったわかった。一緒に寝るから」

 私が観念して引き下がると強子姉は嬉しそうに

「やっぱり、みわわは優しい子ねぇ。お姉ちゃん大好き」

 強子姉は喜んでいるけど、シングル・ベッドに二人で寝るのは厳しい。過去に何回も経験しているから、わかる。

 いつも強子姉が壁側に寝るのだけど、強子姉の尻圧でベッドから追い出される。

 それからベッドに落ちて目が覚める……のが、いつものパターンだ。

 もっと強子姉と私が小さい頃は、二人で余裕だった。

 いつの間に大きくなったのだろう――。

 物心ついたときから、強子姉は変態だった。いつまで変態なんだろう。いつから変態じゃなくなる?

 三つ子の魂百までもというけど、その通りなのかと思うと、イヤな反面、嬉しくもあった。

 強子姉が私に関心を持つ歳じゃなくなって、冷たくされたら、私はきっと昔のままがよかったと、後悔するだろう。

 甘えるのは、今のうちなのだろうか。

「……わ、…わわ、みわわ!」

 ハッとした。強子姉が心配そうに私を覗き込んでいる。

「大丈夫? 嫌なことでもあった?」

 強子姉とは、ちょっとウザいくらいの関係がいいのだろうか。

「ううん。何でもない。寝ようか」

 私が強子姉の部屋の電気を消すと、

「わーい、抱き枕~」

「ちょっと強子姉、暗がりに紛れて抱きつかないで!」

「いいじゃん別に~。気にしない気にしない」

「暑いんじゃ!」

 姉の声が耳元で聞こえる。息が耳に掛かって、擽ったい。

「暑いなら、布団とっちゃえ!」

「無茶を言わないでよ!」

 遮光カーテンをしているから明かりを消したら真っ暗。視覚以外の感覚で過ごさなければならない。

 布団が強子姉によって剥がされていないかとか、枕がちゃんとあるかどうか、とか。