「ちょっと強子姉! よその家なんだから、失礼なことしない!」

「顔パスよ、か・お・ぱ・す」

 妙に色気を出していう。

 男ならイチコロだが、女の、しかも妹の私は騙されない。もちろん珠理ちゃんも。

「あ、遥ちゃんがいる! 珠理ちゃん、遥ちゃんも呼んでたのね?」

「そうそう。言ってませんでしたっけ?」

 声は上から聞こえてくる。

 強子姉と珠理ちゃんは、顔も見えないのに二階と一階で話をしている。

「聞いてないわ~。みわわ、私に黙ってたの~?」

「別に黙ってたわけじゃないの。重要な話じゃないから、言わなかっただけ」

「みわわの意地悪~」

 なぜ、そうなる? ツッコミどころ満載だ。

 私も上がらせてもらう。

「遥ちゃん、やほー」

「やほー、みわわ!」

 遥ちゃんが学校式の挨拶をした。

「やほー、みわわ!」

「ちょっと強子姉、遥ちゃんの真似しないで」

「嬉しいくせに~」

 強子姉が私の腕をつつく。にやにや笑っている。人を玩具にして。

「嬉しくないってば!」

 私は、つつかれた手を引っ込めた。

「みわわのお姉ちゃん、面白いね」

 遥ちゃんが天使の笑顔で言う。

「間違ってるから。面白いんじゃなくて、変態よ」

「変態? 嘘だー」

 珠理ちゃんが笑う。

 私のセリフなど、まるでなんの効果をもたらしていない。

 姉の態度のほうが勝っているのか。

 ちょうど珠理ちゃんが階段を上がってきて、話に加わった。

「みわわ、お姉ちゃん、おトイレ行きたくなったんだけど、珠理ちゃんおトイレ貸してもらってもいい?」

「あ、はい、どうぞ」

「みわわ、トイレ一緒に行かない?」

 まるですぐそこまでいかない? と誘っているかのような自然なセリフに聞こえた。

 が、相手は姉である。

 夜中で暗くて怖くてトイレに行けない、というわけなら、まだわかる。だが、日中にしかも学校ゃないのに一緒に行こう、はないだろう。

「行かない」

 突っ慳貪にいうと

「お姉ちゃんにトイレ一人で行けっていうの~?」

「うん。言う」

「あっさりしすぎ~。もしお姉ちゃんがトイレで死んだら化けて出てやる~」

 恨みがましく言うと強子姉は珠理ちゃんの家のトイレの場所を知っているからすぐに出て行った。

 私と珠理ちゃんと遥ちゃんは三人で遊び出した。

 今日は人形遊びだ。

   10

 三十分が経った。

「ねぇ、みわわ、強子さんトイレから帰るの、遅くない?」

 曇った顔をして、珠理ちゃんが言う。遊んでいた手を止める。

「気張ってんじゃないの?」

 私は人形のユカちゃんに洋服を着せていた。

「そんな冷たい言い方しなくても」

 なるほど、普段の私と強子姉のやりとりを知らなければ、冷たく思われてもしかたない。

「ちょっと見てくる」

 珠理ちゃんちのトイレは、一階の階段裏にある。

「みわわー、助けてー」

 トイレの中から強子姉の声が聞こえる。

 また何かしたのではないだろうな、と嫌な予感がした。

 トイレのドアを開けた。

 理科で習った内容を思い出す。「卵の腐ったような臭い」。いや、それ以上。ドリアンくらいはありそうだ。

 そう、まさにあれだ。否、硫黄の温泉より遥かに臭い。

 嫌な予感は当たった。強子姉の足が汲み取り便所に填まっていた。

 強子姉が細いのはわかるが、どうやったら填まるのか。

 幸い、洋服はちゃんと着ていた。

「あのね、便器で足が滑ってね、ぼっとんと足が嵌ったの。勢いで前にすっ転んで、真っ直ぐに立てないし」

 汲み取り便所またの名を「ぼっとんトイレ」という。強子姉はシャレを言ったのだろうが、残念だが全然、笑えない。

「強子姉、臭い」

「ひどーい、しかたないじゃない~」

 私は鼻を抓んで強子姉を救出に懸かった。

 強子姉の手を引っ張って、体を縦にする。

 両手を私の肩に載せ、片足を出す。それで一気に右足を抜く!

 スポンと抜けた。

 抜けた勢いで私は尻餅をついた。強子姉は私の上に乗る形。

「うわ、強子姉についてた汚物がついた! 汚いじゃん、どうしてくれるの」

「助けてくれて、ありがとー。みわわの体を洗ってあげるから、許して~」

「洗ってもらわなくて、けっこう!」

 ドタドタドタと珠理と遥が階段を降りてくる音がした。

「今の体勢を見られたら、マズイよ」

 私が焦って呟くと強子姉は

「みわわとは、もうできた仲でーす」

 と冗談を言う。