にっこりと笑顔で言った。親指を立ててグッ、としている。

「はいはい。じゃあ、私の番ね」

「いってらっしゃーい」

 強子姉は投げキッスをすると風呂の入口のすぐ脇にある雑巾とバケツを出した。

「先に掃除してくれるの?」

 私が意外、というと

「準備だけ。みわわと一緒に掃除する~」

「それは解ったけど、ちょっと、強子姉、なんで薪くべてくれないの?」

「もう風、安定してるから」

 え? 火熾す気なし?

 投げキッスは嘆キッスだな。

 くだらないことを考えて、私も珠理ちゃんに洋服を借りてお風呂を浴びた。

 強子姉の言うとおり、火は熱くもぬるくもなく、ちょうどいい湯加減だった。

 姉の頭の良さには痛感させられた。

 私が洋服を着て上がる。

「珠理ちゃん、お風呂を貸してくれてありがとう」

 私の長い髪からまだ水滴が垂れている。体も暑い。

「ごめんね、みわわ」

 泣きそうな顔で珠理ちゃんが言う。

「どうしたの、珠理ちゃん」

 いつも明るい珠理ちゃんが、目をうるうるさせている! これは、ただごとではない!

「強子さんに貸した洋服、ちっさかったみたい」

 珠理ちゃんが、がっかりしている。

 窓から見える空より暗い表情だ。

 確実に洋服は強子姉には小さい。腕が五分丈になっているし、へそは出ているし、スカートも『サザエさん』のワカメちゃん状態に。

「珠理ちゃんががっかりすることないよ。強子姉はほら、三つも年上だから、体がでかいんだよ。合わなくて当たり前だよ」

「そうかな……」

 元気がない。しょんぼりしている。

「珠理ちゃん、私、平気だよ~」

 強子姉はおおらかな話しぶりだ。

 安心したのか、

「ありがとう、みわわ、強子さん」

「もう、落ち込むことないよ」

「だって、強子さん、うちんちのトイレのせいで汚くなったんだもの。気になるよ。強子さんは私の憧れだし」

 憧れ? いやいや、強子姉を憧れにしたらダメだって。

 言いたい! 強子姉は本当は変態だということを!

 だが一ミリも信じてもらえない。

 外面良すぎだからな、強子姉は。

 珠理ちゃんが元気になってから遊びの続きを始める。

「珠理ちゃんと遥ちゃんはそのまま遊んでて。よし、私は今から掃除してきマッシュ! ほら、みわわも行こう~」

 こういうところで気配りできるところが、強子姉のいいところだ。

「わかってるよ、今からやるんだね」

 それから私と強子姉はトイレからお風呂と、汚くなったところを力を入れて磨いた。

 汗がダラダラ出てきて、せっかくお風呂に入ったのに、また入らなければならない状況に陥った。自業自得なだけに、情けない。

 珠理ちゃんの部屋の時計を見たら、四時五十分を指していた。

「もう帰らないと。遅くなる」

 門限は一応、五時と決まっている。

 空はまだ明るく、どこまでも緑が続いているのが見える。

 川田の中を移動するとき、車で畦道を通るときは大人たちは気をつけている。

 自転車でも、車が来たら一旦停止して、車と接触しないように気をつける。

 対抗から車が来たときなど悲劇だ。よっぽど運転技術に自信がないと、道幅が狭いため、落ちてしまう。

 強子姉は外では変態みたいなことはしないから安心して見ていられるけど、家の中だったら絶対に抱きつくな。

「そうだよね。川田は街灯ないから、日が暮れたら暗いもんね」

 暗いから危ない、という理由は変質者が夜に出るからではなく、田畑に滑って落ちて危ないから、が正しい。

「じゃあ、今日はこの辺で。また遊ぼうね」

 珠理ちゃんが軒先で別れを告げる。

 まだ外は明るかった。

「明日、学校で洋服返すね」

 強子姉がすかさずいう。

 遥ちゃんも、私も強子姉も一緒に

「ばいばーい」

 家に帰る途中、強子姉が

「今日は、助けてくれてありがとう」

 後ろからぎゅっと私を抱き締めて、呟いた。

 火曜日。

 私は姉と歩きながら登校した。

「強子姉、熱四十度もあるのに学校行くの?」

「うん。私には皆勤賞が懸かってるのよ」

 顔色が悪い。顔は熱のせいか熱く、頬も赤く染まっている。りんご病ほどではないけれど。

「無理だって。途中でバテるよ」

 強子姉の顔は真面目だ。普段の余裕のある強子姉の顔とは明らかに違った。

 誰が見てもわかる。

「お姉ちゃんが倒れたら、みわわが背負っていって~」

 体は相当きついはずなのに、口ではふざけているから拍手を送りたい。

「いや、無理だから」

 素っ気なく言うと

「いいや、みわわ力持ちだから、背負えるは~ず~な~の~」

 思いっきり甘えてくる強子姉に、二の句がつげない。

 結局、強子姉は上半身だけ私に身を預け、歩くようにした。

「あー、豚、気持ちいぃ~」

 妹をぶたぶたと呼ぶな。自転車から下ろすぞ。

 肩の上で、姉はどんな表情をしているのだろうか。

 やっと学校に着いた。家から一時間半。

 いつもは一時間で着くのに、強子姉が風邪を引くから、三十分も余計に掛かってしまった。

 下駄箱で強子姉と別れてから教室に行くと、

「佐藤さん、遅刻ね」

 当然、遅刻扱いされた。

 私が言い訳しようとすると、校内放送が入って、

「三年一組の阿川先生、佐藤美和さん、今すぐ職員室に来てください」

 呼び出しをくらった。

「佐藤さん、行きますよ」

 私は頷くと、すぐに先生と職員室に行った。

 職員室は職員室棟にある。

 一階に職員室、保健室、給食室、二階に科学教室、視聴覚室、美術室、三階に音楽室、図書室がある。

 私は一番端の渡り廊下から職員室へ向かった。

 職員室に入ると、すぐに強子姉がいることに気がついた。

「妹さん、いらっしゃったわよ」

 強子姉のクラス担任と思う先生が手招きした。

 にこにこしている。営業スマイルであることは子供の私でもわかる。

 私は強子姉の近くまで歩いて行った。

「どうかしたんですか?」

「美和ちゃんね。強子ちゃん、朝から熱あったの?」

「はい。朝おきて姉が頭が痛いというので熱を計ったら、四十度あったんです」