お父さんが強子姉の机の上にポカリと薬と体温計を残してくれたようだった。

「病院は行ったの?」

「うん。一応。でもただの風邪だから解熱剤と風邪薬が出たくらい」

「そう。って強子姉! 熱下がってないじゃない! まだ四十度あるよ」

「おかしいね~。解熱剤飲んだのに」

「ちょっとはおとなしくしなよ。熱あるんだから」

「えー? 気分はハイになってるよ~」

「あのねぇ、熱はね、微熱のときがきつくて、三十八度のときが体のだるさはあるもののハイになるもんなの。強子姉の場合四十度なんだから、もっと気をつけないと」

 私が子供を叱る母親のように言うと強子姉はやっとおとなしくなった。

「みわわ、お姉ちゃんのことバカだと思ってるの~? そんなこと知ってるわよ~」

「だったらなぜ言うこときいてくれないの?」

「みわわのことが好きだから~」

 満面の笑顔で言う。

「言ってることとやってることが違ってるんですケド」

「気にしない~。豚ぁ~」

「ナメてんの?」

 ギロっと私が睨むと

「きゃあ肉が怖い~」

 人をおちょくっているようにしか見えない。

「もうもふもふさせてやんない」

 腕を組んで強子姉と反対側を向く。

「いや~ん。みわわ、こっち向いて~。お姉ちゃんが悪かったわ~」

「おとなしくしてるって、約束できる?」

「できる~」

「絶対?」

 語気を強めていう。

「絶対」

 私を見据えて、目に力を込めていう。

 約束よ、と指きりげんまんをした。

 強子姉は疲れたのか、すぐに寝た。

 やはり熱があるから。

 強子姉の寝顔を見る。

 黙っていれば、可愛いお人形さんみたいなんだけど。

 私は強子姉の部屋を出て、ハンドタオルとお風呂場から洗面器を持ってきた。

 洗面器に水を入れてハンドタオルを浸す。

 強子姉の部屋を、今度はノックしないで、そっと入った。

 私の気配で強子姉は起きなかった。スヤスヤ眠っている。深い眠りのようだ。

 私は安心して、濡れたハンドタオルを強子姉の額に置いた。

「み~わ~わ~」

 強子姉の寝言に思わず笑みがこぼれた。

 まったく、どんな夢を見ているのやら。

   11

 次の朝、私は起こされた。

「なあに、お母さ――」

「みわわ~、起きたのね~」

 強子姉にガシッと掴まれる。

 強子姉は有頂天になっている。なぜだ。

「ちょ、なに、どうなってんの?」

 私は母に起こされたのだと思っていたけれど。

「みわわ~。私のみ~わ~わ~。一晩中ずーーっと看護してくれたのね~」

 強子姉は満面の笑みを浮かべた。ギューッと私を抱きしめて離さない。

 なるほど。私が看病したことに喜んでくれていたのか。看病のしがいがあった。

「強子姉、元気だね。風邪は治ったの?」

「う、うん……」

 一気に元気がなくなった。私から離れ、暗い顔になる。

「体温を測って」

 わたしが厳しく言うと、叱られた子犬のような顔をして言う通りにした。

 体温計を見ると、三十九度八分。

「ちょっと強子姉、大丈夫!?

「だいじょうぶだぴょーん」

 Vサインまで付ける。

「病院、もう一回、行こう。今、何時?」

 ピンク色の壁に掛かっている時計は、五時半を指していた。

「うそ! 学校、行き忘れた!」

「みわわ可愛い~。朝の五時半だよ」

「ああ、朝ね」

 強子姉みたいな言動をしてしまった。

「お父さん六時に起きるから、そのとき相談してみようね」

「みわわが優し~い~」

 くびれを作る運動のように、左右に体を振って喜び? を表現している。

「いつも優しいの間違いでしょ」

「うふふ~。そうだね~」

 ノリがなんか、酔っ払ったおじさんっぽい。

「ふぁ~。眠い……。あ、いつの間にか水がぬるくなってる! 替えてこなきゃ」

「ありがとう。行ってらっしゃい~」

 ベッドの中から強子姉が手を振る。

 水を替えていると、強子姉の部屋から咳が聞こえた。

 強子姉、きついのに無理してる。

 私に心配を掛けないように?

 強子姉が、わからない。

 六時になって一階へ向かった。

 寝起きの父に

「ねぇお父さん、強子姉、熱下がってないよ」

 父は信じられないという顔をした。

「何? 解熱剤を飲ませたのにか? そういや、みわわ、お姉ちゃんの部屋で寝てたね。起こしたら悪いと思って起こさなかったけど。風邪、移らなかった?」

「私は大丈夫。今日も病院に連れて行ったほうがいいよ」

「そうだな。今日はみわわが帰宅したら、かかりつけの土白内科に連れてってやってくれないか。今日は会議があるんだ」